「ようく見ておくのだな。実戦というのはドラマのような格好の良いものではない」
とは、『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルが言い放ったセリフ。
部下ララァ・スンと共に、ホワイトベースとコンスコン艦隊との闘いを
モニターで見ている時にボソッと諭したのだ。
ここで一言、私は2022年、
追記しておきたい。
自分との闘いではなく、
人と人が闘う戦(いくさ)とは、
勝とうが負けようが
そこに美しさなど微陣もありません。
そんなこと、誰でも知ってるはずなのに。
子供が見るアニメですらそう言っているのに。
大人は、それでもまだ戦をします。
この現実社会で。
ミサイルだけではなく。
生身を…血肉を晒しあって。
何故なんでしょう…。
何故残酷で醜い事をいとも簡単にできるのでしょう?
人間本来に何か、そう言った忌まわしいものが
プログラミングされているのだとしたら、
人間ほど恐ろしい生物はいません。
悲しくもそうだったとして…
今起きている戦の理由も理屈も、
私には到底理解できません。
さておき、
現実とは泥臭いです。
ほんっとに。
スルッとマルっと美しくいく事などほとんどない。
とてつもなく理想だけは高いのが遅咲きさんによくあるタイプなんですけど、
大抵、ずーっと地べたを這いつくばってるような、
そんな日々の連続なんですよ。実際。
子会社に行って2年が経ち、フツフツと会社辞めたい病に駆られ、
恐れ多くも30代にして海外留学を思い立った私。
「あの〜、実は辞表を…」
人生で初めて辞表というものを書いた。
ここでドラマなら、上司が、
「いや、考え直したまえ。これは私が貰っておく」
とかなんとか言って辞表を胸ポケットに入れ、止めてくれる。
のかと思いきや、
「わかった! 人事に回しとく!」
の二つ返事であっさり受理。
考え直す間もなく私は退職となった。
え!? あぁぁぁまた無職。
いやいや、私はイギリスへ行くんだぁぁぁぁと
これまた鼻息を荒くした。
(でも実は、渡英留学は結婚相手のダーリンが言い出しっぺ。
私はそのアイデアに乗っかったのだ。)
何をするにも判断が遅く『人生スローで』、
気がつけば同じ『ブギ(=反復)』を繰り返してきた34歳の女。
シャアに言われなくたって、
「実戦」というものがどれほどタフか、
不恰好かは存じ上げている。
それでも、私は、闘う道を選んだのだ。
誰でもない、自分との闘い。
とにかく、留学するには語学テストという
第一関門を突破せねば始まらない。
朝から晩まで英語漬けの毎日を送った。
ゲロを吐くかと思った。
トイレに英語の格言を貼るとか、
馬鹿みたいなマネもした。
例えるなら、偏差値30以下が東大を目指す、
みたいな山登りに等しい。
相談に行った留学センターでは、
低い語学力を鼻で笑われた。
が諦めなかった。(だから留学するんじゃ!)
「現地へ行ってしまえばどうにかなるさ」
と願書を出しまくった。
社会人の大学院留学の場合、
大抵、元職場の上司に推薦状を書いてもらう。
格好悪い辞め方をしたハジの上塗りだったが、
某公共放送局時代の上司と、
民放キー局時代の直属上司、計2名に
頭を下げて英文の推薦状を願った。
狙うは、映像のテッペン! 映画学だ!!
なんだかんだ言っても、
15年、TV業界でディレクター・プロデューサーを
やっていた自分がいた。
だからもし、自分に高い語学力があったなら、
もし自分に更なる映像の知識があったなら…
或いはもっと違った世界にいたんだろうか…。
なんて思ってしまったのだ。
遅咲きさんはどうしても現状に満足できない生き物なのかもしれない。
自分で自分の前に山を作って登ろうとする。
しかして、ロンドンで映画学がある大学院に願書を出して
教授と面接をしたところ、2校から合格通知をもらった。
1校は、卒業するまでに1本の短編映画を作り上げるという内容。
もう1校は、映画史を学び映画を論ずる=わかりやすく言えば、
映画評論家になる感じの内容。
はて、どちらの大学院の映画学を学ぶか。
1本の短編映画を英語で作る。
日本語で、観客動員数度外しなら多分できるだろう。
それなりのディレクターとしての自負はなんとか持ち合わせていた。
しかし、英語で脚本を書き、英語で役者やスタッフに指示を出し演出をする…。
語学のハードルが高すぎる。ほとんど無声映画にするしかない。
かといってもう一方は、
英語圏だけではなく全世界の映画史をたった1年でマスターし、
それぞれ歴史的な監督の演出論や、文化的背景まで把握しなければならない。
フランス語やスペイン語の映画の字幕は勿論全て英語。
こちらも語学のハードルはかなり高い。
セリフの一語一句、その時のアングル、
編集のニュアンスに至るまで見逃せない緻密な作業が求められる。
一体一日何本映画を見ればいいんだ⁉︎
そして私は、もう一度シャア・アズナブルのセリフを噛み締めた。
「実戦というのはドラマのような格好の良いものではない」と。
どうせみっともないのだ。
だったらこの英語の国で、
カタコトのエイゴ使いの日本人として、
どう不恰好に過ごすのか。
そして、その先だ。
シャアはこうも言った
「戦いとはいつも2手3手先を考えて行うものだ」と。
私は既婚者だ。
ダーリンは帰国したら戻らねばならない場所がある。
(私にはなかったが)
ってことはつまり、
よっぽどのことがない限り
ロンドンに移住することはないだろう。
2手3手先を考えてみる。
大学院を卒業して帰国した後だ。
英語の短編映画1本をポートフォリオに映画監督の道を目指すのか。
あるいは、世界の映画学マスターの学位を得て
映画評論家の道を目指すのか。
ってことになるんじゃなかろうか。
速攻判断をせねばならない。
人生の2択。
ここは「判断の遅い」私ではイケナイ。
私は、いつになく考えを巡らせた。
一体、私はロンドンに行ったのち、
ナニモノになりたいんだ!?
つづく...
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