「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。」
とは、『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジの代名詞。口癖のように唱えていた。
ロンドンにいた頃の私も、毎日「逃げちゃダメだ。」と自分に言い聞かせていた。
というより、もう逃げ道なんてなかった。
散々スローでブギな人生を過ごし、ロンドンにまで行き着いた。
人生の2択のカードを引くんだ。どっちか1枚。
映画監督か評論家か…
「同じ轍は踏むまい」私はそう決めた。
岩松了氏の元で演出論を学んだ後、
私は1本でも脚本を書いて芝居小屋で成功を収めただろうか?
結局、無職という肩書きに耐えきれずTV業界に逃げたんじゃなかったか?
ロンドンで短編映画を1本作って帰国して、自称映画監督になれたとして、
また観客動員数という名の数字に追われる悪夢を見るんじゃないか?
映像作りはもう散々やってきた。
今、ココでしかできない事ってなんだ?
それはやはり世界を知るって事なんじゃないか?
カタコト英語の留学生は私だけじゃない。
フランス人もいればスペインからきている子もいる。
わからなければ、その国の事はその国の子に聞けばいい。
後は人一倍映画を見まくって映画学マスターの学位を取る。
それは日本に持って帰っても腐るものじゃないだろう。
映画評論家になれないとしても、映画論さえ頭に入っていれば、
私1人いれば、筆1本で人生どうにかなるかも知れない。
「もう逃げちゃいけない!」
というわけで、私は同じ映画学でも映画論を徹底的にマスターする
ロンドン大学大学院UCL校を選んだ。
周りを見ればハタチそこそこの若い子ばかり。
そこに30半ばの無職のオバはんが混じっての英国留学が始まった。
実は、私だけ1年早く英国入りした。
英語力がちょいと足りず、ロンドン大学付属の語学学校で
大学院レベルの語学力免許を得る専科に入学したからだ。
そこで、大学院でのディスカッションや、
ポスター・パワポを使ってのプレセンテーション、
実際と同じ論文の書き方をマスターする。
(ダーリンのクラスは最後の3ヶ月だけ参加。経営学が主な人達だったから30代の、
ある程度キャリアのある人が多かった)
幸いなのは、欧米では、アジア人がマヂで幼く見える(見受けられる?)ということ。
セインズベリーやテスコ(イギリスのスーパーマーケット)でビールを買おうとしたら
決まって身分証明書で年齢チェックをされた。
「いやぁ〜今日も18歳以下に見られたよ〜」なんて喜んだ。
馬鹿だ。
大学付属の大学院進学免許をなんとかクリアしたら、いよいよ映画学に突入した。
これが想像を絶する映画三昧の日々。
嬉しいような、ある意味罰ゲーム。
講義のない日は多い時で1日4~5本の映画をガン観。
(南米の映画は尺が長く、1日3本が限界! )
大学の試写室にいない時は、BFI(英国映画協会)の図書館に籠って
ひたすら論文に使えそうな本を漁る。
最初の頃は教授の言っていることがまるで分からず、
英国人学生に「今日教授が1番議論した映画ってコレ? それともコッチ?」
「明日提出のレポートのタイトルって何?」なんて超基本的な質問をしてた。
しかしイギリスは紳士の国。
若い英国の学生君はゆっくり丁寧に教えてくれた。
テストなんて、辞書持ち込み可なのに
日本語で書きたいことの半分以下も書けない。
もう辛くて涙が出そう。
「逃げちゃダメだ。逃げちゃ…」
プライドなんて、日本で子会社に行った時に捨てたじゃないか。
不恰好なオバはんでいいんだ。
とにかく今は「逃げちゃダメ」なんだ。
英国人学生はきっと悠々自適なんだろうなぁと思っていた。
が、実はそうでもなかった。
「シズカはいいわね。キャリアがあるから論文には困らないでしょ?
私なんて社会人経験も映像の撮り方も知らない素人なのよ。
それで映画の論文なんて書けないって、今、教授に泣きついてきたところよ」
ネイティブの、大学卒で即院生になった女の子は嘆いていた。
若者は若者で悩みがあったのね…。
「You mustn’t run away = 逃げちゃダメよ」と、慰めたのだった。
ダーリンの都合で私は1年ほど予定より長く在英することになった。
流石に無職はまずい。
退職金も底をついてきた。
何かバイトをせねば。
院生のはじめの頃は、鼻血が出るほど映画を観、
映画論の本を読み、論文を書く日々でとてもバイトは無理だった。
(あんな成績でよく学位が取れたものだが)
はて、何のバイトがある?
そこにあったのは、私の人生で切っても切れないご縁のT Vに関することだった。
ちょうど英国で発行されている日本人向けの週刊紙が連載ライターを募集していたのだ。
(【UK JACK】という週刊誌)
これしかない! 私は早速応募した。
契約に漕ぎ着けた。で、何を書くの?
求められたのは…
「ディレクター歴15年、ロン大院生のTVっ子が説く、英国T V論」であった。
またT Vかよっ! (と自分に突っ込んだ)
いや「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメ!!」
どんなに大学院で映画学を学ぼうと、
相手が求めるのは”ディレクター歴15年のT Vっ子”って職歴なんだ。
また『スロー』で『ブギ』なような気もしなくはないが、
1つだけ変わったのは、T Vを創る側から論ずる側になったって事だ。
これで潮目が変わるかもしれない。
私は逃げずに喜んでT Vっ子を引き受けた。
つづく…
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