aka.Tinker Tailor Soldier Spy
緊迫の2時間7分に耐えられるか!?
『裏切りのサーカス』は2度見必至の高密度スパイ映画
一瞬たりとも目が離せない。
トーマス・アルフレッドソン監督作『裏切りのサーカス』は、
緊迫感と威圧感みなぎる作品だ。
通称サーカスと呼ばれる英国諜報部、
一度は退任した初老幹部の1人が、
サーカス内部に潜む二重スパイを探し出す。
映画の主旨は一行で表せるが、
その実は、細かなジグソーパズルを慎重に組み合わせていくような緻密さでひも解かれる。
アルフレッドソン監督の、挑戦状ともとれる巧みな構成と、
ゲイリー・オールドマンはじめ、英国きっての名優たちによる超絶技がなし得る、至極の快作だ。
ソ連の二重スパイ’もぐら’は、サーカス幹部5人の中の誰かだ。
サーカスのリーダー・コントロールは、
もぐらを突き止めるべく、工作員をブダペストへ送りこむ。
映画の初っぱな、作品の向かうべきゴールが示されるので、
観る側は「もぐら探し」の話なのだな、と心得る。
しかし、悠長に構える間は与えられない。
直後、ブダペスト入りした工作員は銃弾に倒れる。
リーダー・コントロールは失脚し謎の死を遂げる。
話がガンガン展開する。
もうこの時点で観客は、
何が起きて、
誰が死んで、
この先どうなるのか、
頭をフル回転させなければならない。
そして、冒頭のブダペストのシーンから既に、
「目を離すな」というアルフレッドソン監督の挑戦状が叩き付けられる。
作品の時代背景は冷戦時代の1970年代前半。
東側の同盟国だったハンガリーに西側のスパイが行くのだから、
緊張するのは当たり前だが、その度合いが半端ではない。
早朝とおぼしきブダペストの街中のカフェで、工作員は取引きをしようとする。
しかし、どうも空気が異様だ。
ウエイターはやたら汗をかき、窓を開けたご婦人は言葉なく隠れる。
掃除をするボーイも、少し離れた席で乳児に乳を与える母親も、
時折響く列車の轟音も、なんだか全てが怪しく見える。
さすがに工作員は席を外そうとする。
その瞬間、2発の銃弾が空気を切り裂く...。
スパイ映画にありがちな銃撃戦も、工作員同士の無駄な会話も一切なく、
沈黙と騒音と回りの景色だけ。
それだけで、つばも呑み込めないほどの息苦しさを、
アルフレッドソン監督は表現してしまうのだ。
この手の息苦しさが、ほとんど2時間7分続く。
しかも、何の前触れもなく、
回想シーンや、射殺されたとおぼしき工作員の足跡などが挟まれるので、
頭の中でパズルのピースを埋めては全体像を思い描く作業がひっきりなしに要求される。
それでも、ストーリーから脱落せずにいられるのは、
「もぐら探し」というゴールの明確さと、
アルフレッドソン監督が提示する、
シーンごとに変わる微妙なニュアンスの違いがあるからだ。
アルフレッドソン監督は、映像から匂いを醸し出すことのできる天才だと思う。
長編デビュー作『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)の時もそうだったが、
少女が佇んでいるだけなのに、どこか奇異で血なまぐさいという感覚を、
ほんの少しの違和感と景色を重ねることで、異臭のように漂わせるのだ。
今回も、1つ1つのショットにその場の空気、
温度の違いが感じ取れるような映像の撮り方や色味が駆使されていて、
そのシーンの緊張度合いや時系列が頭にすっと入ってくる。
埃っぽいサーカスの建物内部を、
リフトに乗せられた書類越しに覗かせてみたり、
幹部の集まる会議室を、
防音パネルに包まれた窒息しそうな小部屋に仕立てたりと、
とにかく全てが計算されている。
監督の巧妙な演出を、
さらに極上のものへと昇華させているのが、
やはり出演者たちの名演だ。
主役のゲイリー・オールドマン扮するスマイリーなど、
映画が始まって暫く経つまで存在すらわからない。
やっと出てきたと思ったら一言もしゃべらない。
大きく動揺するのは妻の不貞を目撃した瞬間ぐらいで、
後はとにかく寡黙。
にもかかわらず、どんどん存在感は増してくるし、
わずかな眉の歪みで何かに感づいたな、と解らせる。
その他、コリン・ファース、
名優ジョン・ハート、
トビー・ジョーンズらサーカスのメンバーだけでなく、
工作員役のマーク・ストロングやトム・ハーディに至るまで、
誰1人スキを見せない。
皆、360度糸を張り巡らせるスパイの演技を貫いている。
原作は、スパイ小説の最高傑作と言われるジョン・ル・カレ著の
「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。
母国イギリスでTVドラマ化された際は7話を要したという大作を、
ここまで濃縮し、頭脳サスペンス・エンターテインメントに仕上げた。
とにかくこの作品、神経衰弱のような魔力を持っている。
たとえ一度クリアしても、その過程は何通りもありそうで、
つい2度3度と挑みたくなる。(工藤静佳)