【映画コラム】「ドラゴン・タトゥーの女」デヴィッド・フィンチャーver.

aka. The Girl with the Dragon Tattoo

『ドラゴン・タトゥーの女』―デヴィッド・フィンチャー印の

卓越した凶暴性と才気の結晶をストレートで楽しめ!

圧倒的な映像量と疾走感。
『ドラゴン・タトゥーの女』は、
”デヴィッド・フィンチャーの映画”として
映画史に記録される事になるだろう。
これほどフィンチャーの演出力と表現力をストレートに出した作品は久しぶりだし、
主演の2人、音楽、シーン構成と編集に至るまで、全てが相乗効果を成した傑作だからだ。
まずは冒頭のツェッペリンでやられる。
ミュージックビデオ時代のフィンチャーを思い出す、
「移民の歌」の叫び声に合わせたメタリックな映像で、
観客は直ぐさまフィンチャー・ワールドへ飛び込む。
そして慌ただしく始まる雑誌ジャーナリスト・ミカエルの敗訴シーン。
さらに、少女失踪事件解明の依頼人が抱える謎、
バイクを飛ばす天才ハッカー・リスベットの登場と、
3つの事象が平行して描かれ、息つく暇を与えない。
話が進むにつれ画面を占めるのは、
猟奇的な連続殺人事件関連の映像となり、
凶暴なフィンチャー演出が踊りだすのだ。
過去のフィンチャー作品で、凶暴性が連想されるのは、
『セブン』(’95)や『ファイト・クラブ』(’99)、
そして『ゾディアック』(’07)だ。
ここ数年は、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(’08)、
『ソーシャル・ネットワーク』(’10)と、
内面の凶暴性や拳をあげない社会の暴力性を描く作品が続いたせいか、
久々にフィンチャー監督のストレートパンチをくらった気分になる。
しかしここで特筆すべきは、
『ドラゴン・タトゥーの女』がスウェーデン発ベストセラー小説の映画化であり、
既に母国で映像化された後の製作だった点である。
映画は、同じ原作でも、
監督による解釈が違うだけで全くの新作になる代物だ。
過去ハリウッドが、英語圏以外の原作、
あるいはオリジナルがあるものを再映像化した作品で、
母国語版を越えて映画史に残る傑作と位置づけられるものは、実は少ない。
例えば、ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』(’87)を、
ハリウッドが英語版『シティ・オブ・エンジェル』(’88)としてリメイクしたが、
オリジナルとは比べ物にならない評価に終わっている。
最近では、今回同様スウェーデンが舞台の作品『ぼくのエリ200歳の少女』(’08)を、
アメリカ人監督マット・リーヴスが『モールス』(’10)として英語化したことが話題になったが、
これも北欧がもつ圧倒的な雪の閉塞感には及ばなかった。
原作国の空気感や匂いというものは、
どうしてもハリウッド版では薄れてしまうし、
総じて作品の魅力までも下げてしまう。
今回『ドラゴン・タトゥーの女』でフィンチャー監督は、
英語化であっても、舞台をスウェーデンのままにし、
登場人物の名前や名称など全て原作通りにした。
過去の例を見る限り、それは一種の賭けだし、
生粋のアメリカ人であるフィンチャー監督が、
スウェーデンの空気感を取り込んだ表現ができるのか、
不安視したのが正直なところだ。
しかし監督は、原作のもつスウェーデン色をカバーして余りある、
フィンチャー感とでも言うべき、
独特のカラーとテンポ、音のスパイスで別格の空気感を作り上げた。

一例をあげてみよう。
まず事件の舞台となるスウェーデンの孤島。
そこには古びた館と、やたらモダンな近代住居が対照的に登場する。
近代住居では、すきま風が得体の知れない獣の声のように響く。
あるいは、40年間未解決の事件を象徴する押し花の額縁が並ぶシーン。
直前までダニエル・クレイグ演じるミカエルの表情で引っぱり、
壁一面の押し花を圧迫感と共に一気に引き絵で見せる。
ルーニー・マーラ扮するリスベットは、
タトゥーを印象づけるバックショットを多用し、
前半は謎めいた女を貫き、
後半はバックショットそのものが彼女の感情を表す描写となっていく。
登場人物それぞれの、人と会話する時の距離感を確実に変える。etc…
これらは全てスウェーデン版にはない、フィンチャーの傑出した演出によるものだ。
このたぐいのフィンチャー的映像と編集が、158分全てを埋め尽くしている。
それほど、フィンチャー臭が強烈な映画に仕上っているのだ。
もちろん少数意見として、スウェーデン版に僅かながらの軍配をあげたいとする声もある。
しかし筆者が見た限り、そしてヨーロッパを含む大勢の批評家のコメントを総合しても、
フィンチャーの演出に勝る箇所は、スウェーデン版には見当たらない。
冒頭で、デヴィッド・フィンチャーの“代表作”ではなく
“映画”と記したのは、この理由からだ。
『ドラゴン・タトゥーの女』映画版=(イコール)、フィンチャー監督であり、
ダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラの顔が即浮かぶと言う事だ。(工藤静佳)

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