Film,  ザ・ホエール

『ザ・ホエール』とにかく心がひどく疲れる。最後に愛と救いは届くのか、とめどなく涙溢れる衝撃作。



© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

涙が自然に頬を伝う。

こんなのってある? 

異様に太ったおじさんが逐一Sorryって謝るばかりなのに。

ただ、彼の人生最後の日々を見送るだけだっていうのに。

涙が溢れ出るの。



これは感情と肉体と心の中の真実を巡るストーリー。



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主人公は、恋人アランの死をきっかけに過食症になってしまった男・チャーリー。

体重は272キロ。

自分の足で歩くことすらできない異常な巨漢。


彼はある日発作を起こし、自分の余命が幾許もないことを知るの。

そこで、8年前に別れて以来疎遠になっていた娘・エリーとの関係修復を試みるのね。

でも17歳になったエリーはひどく荒れていて、世の中全てを憎んでいるようなティーンネイジャーになってた。

チャーリーに会っても「今さら親ぶる?」「おぞましい姿」だと酷い物言いばかり。


それでもチャーリーは我が子に「君は素晴らしいんだ」と言い続ける。



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これね、

出てくる登場人物はチャーリー含めたったの5人。(ピザ屋の配達員を除いて)

実はみんな異常なのよ。

でも心はピュア。

矛盾してるでしょ?


そうなの。

みんな心の中では「こうありたい」という自分がいるのに、

「そうできない」事情があって、異様に不成立な行動をとっているの。



チャーリーは、恋人アランを亡くした喪失感と、妻や娘を裏切ってしまった罪悪感で、

自分をコントロールできずに肉体だけが膨れ上がってしまった。

本来はポジティブな性格だったの。

でも今では病院行きを拒み、食べ物を貪って引き籠ってる。


娘のエリーは、父親が大好きだったはずなのに悪態ばかりつく。

チャーリーにだけじゃない。

自分を認めてくれる存在が欲しいだけなのに、人が遠ざかるような言動ばかりする。


チャーリーを渾身的に支え、身の回りの世話をしているアランの妹・リズだってそう。

チャーリーを失いたくないと思っているのに、彼に高カロリーの食糧を運んでいる。


チャーリーの元妻も、チャーリーをやたら救いたいとまとわりつく若い宣教師トーマスも。

みんな素直に生きてない。

本当は救われたいだけなのよ。

愛されたい。

激しく揺れる感情が勝って、心の行方と反比例する言動に駆り立てる。

人間って切ないわね。


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この作品、そもそもは舞台劇だったの。

オフ・ブロードウェイで大ヒットした。


それを、ダーレン・アロノフスキー監督が惚れ込んで映画化した。


アロノフスキー監督といえば、『π』や『レスラー』、『ブラックスワン』といった人間の極限の狂気を描く人ってイメージがある。



今回の『ザ・ホエール』もそうね。

もう主人公の姿からして異常よ。

常軌を逸している。

272キロなんだから。

最初はぞっとするわよ。

観てる方もね。


けれど、それが心の病からくるもので、その肉体の持ち主は決しておぞましくもナントもない。

むしろ愛おしすぎて涙が出てきちゃうのよ。


彼がピザを食べるシーンを見ると、とめどもなく涙が出る。


彼がsorryって言うと、もう謝らなくていいのにって心が痛む。



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ところで、この作品の題名『ザ・ホエール』だけど、

映画に何度も登場するハーマン・メルヴィルの長編小説『白鯨』からきているのね。


日本では『白鯨』だけど、イギリスの初版は『The Whale』って題。

(アメリカだと『Moby-Dick; or, The Whale』で、今は『Moby-Dick; or The White Whale』が主流)


娘のエリーがすごく心に刺さる『白鯨』の読書感想文を書いてるわ。

これもこの映画のキーポイントだからじっくり噛み締めて欲しい。



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ほぼ全てのシーン、チャーリーのいる部屋だけで話は進む。

そんな映画も異様よね。

それが、そのうち彼の心の中を表現しているように見えてくるから不思議よ。


とにかく心がひどく疲れるのよ。

窮屈な部屋の中から解放されるのかどうか、見極めたくって。

今回もアロノフスキー監督の狂気に触れて痺れたわ。



ザ・ホエール』
4月7日(金)、TOHO シネマズ シャンテほか全国公開

配給:キノフィルムズ
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